気学を学んだ私の考えるAI

プロフェッショナルの流儀で、井山裕太さんの回を見ていました。

今やAIの打ち方を人間が学ぶような時代。

将棋の羽生善治さんを取り上げたテレビなどでも見ましたが、将棋も囲碁も今AIの力はとても注目されています。

人間はAIに勝てるのか、という疑問もある中ですが、勝ち負けとは、そもそもどこが決着、というゴールを作らなければ、勝ったり負けたり永遠に出来るもの。

単純に人間が、AIに負けたくない、勝ちたい、という絶対的な気持ちを持ち続ければ良いことだと思います。

どうやったら勝てるか、ということは、その後についてくる話し。

物事の始まりは、小さく些細な思い。

勝ちたい。

無理かもしれなくても、負けたままいたくない、その思いが、自分を揺り動かし、行動につながり、小さな兆しへとつながっていく。

そういう土台の考え方が確立していないと、どれだけ素晴らしい技術を持っても、しなくていい迷いや不安を抱えることになってしまうはず。

人はどんな人も、それぞれにものすごい力を持っている。

でも気で成り立っている世界という、この世の中の原理原則がわからないままだったり、気づかないまま、その模索で一生が終わってしまっていたら、そこからの大きな飛躍をしないままになってしまう。

気学で、その道理が単純明快にわかれば、その理解の上で、自分の生きたい道で、迷いなく、存分に力を発揮していけるはず。

私は人間はAIに勝てると思っています。

AIは確かに様々な過去の戦法を覚え込ませ、あらゆるシュミレーションの中で最善の策を出してくるもの。

でも、どれだけ人間の脳の処理速度より早く、記憶容量としても、AIの方が勝っていたとしても、AIより人間が勝っていることがありますよね。

それは人間は生活しているということ。

AIは確かに囲碁なら囲碁の情報量、将棋なら将棋の情報量としては一人の人間の脳と比べ物にならないのかもしれません。

でも人間は囲碁の情報だけで成り立っているわけではありません。

人間は囲碁の技術を磨きつつも、日々の生活、という貴重な体験を、毎日、毎日、毎日、積み重ねています。

もちろん正攻法はAIのように、あらゆる囲碁の戦法を探り尽くせる頭脳かもしれません。

でも新しい動き、発展、発明は、突然変異から起こるはず。

正攻法は永遠に正攻法ではないはず。

正攻法に勝つ突然変異は、異質なものとの組み合わせのはず。

囲碁のAIが、囲碁の情報以外の異質なものを取り入れて活かしていけるようになればわかりませんが、人間には、生活、という異質の時間、異質の情報、異質の経験という囲碁の世界とは異質のものを積み重ねる傍らで、囲碁の技術を磨いているはずです。

もちろん日々の生活なんて囲碁の技術向上とは何の関係もない、と分けて考えてしまえばそれまでです。

活かそうとしないものは活用出来ません。

でもそれもすべては囲碁の技術の向上につながっている、という日々の生活までも自分の囲碁の技術向上という夢を叶える全体の一部、という考え方を持てれば、必ず日常生活も囲碁の技術向上に役立ってくるはずだと考えます。

気学では、一つのことは裏と表、陰と陽、という二つの面で成り立っていることを学びます。

気学では、一つのことは五つの要素の循環して成り立っていることを学びます。

気学では、一つのことは九つの関係性が循環して成り立っていることを学びます。

気学では、体がたくさんの細胞で動いているように、全体は一であり、一は全体である考え方を学びます。

私が学んでいる気学の肝はこれぐらいのシンプルなもの。

ここがわかると気づかないでいることが、大きな分岐点になると思っています。

ここがわかるというか、ここに気付くことで、人は生活を大事にしようと思えるはずで、そうすれば自然に行動の質は格段に向上し、豊かな結果へとつながってくると思っています。

これはもちろん囲碁の話だけでなく、自分が何をやりたいのか、どう生きたいのか、というすべての目標に対して言えること。

一つの目標という一つの軸を持って生活することは、一つの目標に向かうために使う時間だけで勝負するのではなく、生活まるごとで勝負出来るということになるので、当然同じだけ目標に時間を使っているとしたら、それ以外に使っている時間の差は確実に出るはず。

もちろん生活まるごと例えば囲碁の技術向上に使う、ということは、生活しながら囲碁の勉強を四六時中することではありません。

人間である以上、睡眠を取ったり食事を取ったりということは必要不可欠。

その時間の質を高めることは、勝負の時に十二分に脳が動いてくれる状態の自分を作ることにつながるはず。

やりたいことのために力を集中させよう思えば、いかにそれ以外の時間の自分をリラックスさせておくかが大事なことは、陰と陽の関係性、いわゆるオンとオフから学べること。

オンとオフ、両方合わせて一つ、ということを考えずに、オンの時間だけが一生懸命でも、オフの時間を大事にしなければオンとオフの両輪で一つの大きなものを動かす力には足らなくなってしまう、ということ。

またやりたいことの勉強だけでは大きな世界の循環にならないことは五つの関係性から学べること。

こんな経験何になる、というような経験も、大きな物事の循環には必要で、自分を大きく出来るということは、当然向かう問題に対しての考え方も今までの視野とは違ってくるということ。

また一つの循環のパフォーマンスを良くしようと思えば、こんな経験何になる、というような経験もすべて全力でやること。

そうすれば、やりたいことに対して全力でやろうとしたときの「全力で発揮する」という経験値が違うことになりますよね。

こうやって、常に毎日の生活が、自分の夢へつながる自分だけの貴重な経験、という認識が出来て、大きな力の発揮につながると思います。

だから人間はAIに負けない。

そう気学を学んだ私は思います。

そしてここに書いたことは当たり前のことを書いてあると思います。

でもいかにそれを意識してやるかどうかと、自信を持ってやれるかどうかの違いだと思います。

人は無意識にやってしまえば、同じことをやっても長い目で見れば意識してやって来た人と結果は違ってくるもの。

また本当に自分のやっていることは間違っていない、という自信がなければ迷いが出ます。

迷いが出れば最善の選択は出来ない。

でも自然界の法則からの裏付けを考えれば、この方法でいいのだうと予測が立ち、そこからの経験が積み重なれば、必ずこのやり方で間違いはないのだという自信につながり、それは最善の選択を迷いなく選んでいけることにもつながるはずです。

だから気学は必要がなくても生きていけるけれど、わかった方が早く自分の持っている潜在能力を引き出すことにつながると思っています。

特に今一線で活躍している方が、こういう気学という法則性を身につけ、自信を持たれたら、どれだけの飛躍になるのかと思うと楽しみです。