鑑定に思うこと

気学、というと鑑定が出来るかどうかということが大事に思っていた時期はあります。

確かに状況を鑑・みて、今がどういう状況であるか見定めるから正しく次の一手が打てるということは言えるでしょう。

でもその場合の正しさって何でしょう。

私はそこをちゃんとしておかないと、どんなに鑑定が出来ても、誰かに鑑定してもらっても、それは本来の価値以上のものにはなりえないと思っています。

例えばお金を確実に儲けられる一手、失敗しない一手が欲しい。

確かにお金は大事。

でも、それが、お金がたくさんあれば幸せになれる、とか、お金を稼ぎ、そのステータスでしか自分の心が満足出来ないのであれば、最終的にはいくら稼いでもきっと心の満足にはならない。

もっと心を満たすことが何なのかに気づいてくることの方が先決になるのだと思うのです。

でないと、穴の空いたバケツに水を溜めようとするようなもの。

私は気学はそこに気づかせてくれる学びだと思っているから、自分も4年以上学びを続けているし、人にもそこをお伝えしたいと意識しています。

鑑定は大事。

でも何のために鑑定が必要なのか。

問題が起こる度に上手な対処のために使うのではなく、どんなことにも対処出来る自信というか、失敗ととらえないで進んでいける自分を作ること。

それが気学には出来るのに、気学を小さなものとしてだけに使うのはもったいないと思える。