正解を求める

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人間とコンピュータの違いは、0と1だけで判断しないところ?

気学を勉強するまでは、正しい方を選ばないとダメ、と思ったり、正解を求めるようなところがあった。

でも人はコンピュータにならなくていいし、グレーゾーンは人にしか出来ない特別な意識じゃないかと思う。

気学は論理的ではあるけれど、生まれたときの産院の方位から始まり、生まれたときに住んだ家相、親につけてもらった名前、それらが複合的に自分というものを作っているので、それを一つ一つ解き明かして結果を求めることに時間を費やすぐらいなら、前進するほうに時間を使うことの方が大事。

でもいざ前進のために吉と言われることを実行してみても、恋愛にいい、結婚にいい、金運にいい、と言われる効果が出ないと、もう外れたと思ってしまうケースもある。

吉方の効果が人によって出方が違ってしまうのは、今までに作られた自分が違うからというのもあるけれど、そもそも吉というのは自分にとっていいこと、ということでもない。

将来的な自分にとっていいこと、だから、自分にとっては望ましくない結果が出ることもある。

でもそれは吉行動であれば必ず将来的な吉に繋がっているけれど、目先の結果しか見られないと外れた、当たらない、これじゃない、となってしまう。

今すぐ効果を求めたいのが人間の気持ちでもあるかもしれないけれど、今までの自分の言動思考が今の結果を作ってしまっているのだから、サビの多い人はサビを落とすのに時間がかかるのは当たり前だし、サビの少ない人はすぐにピカピカになっていく。

そして、生きるということは必ずしも白黒つけなくていいのだろうし、白と思っていたことが今この瞬間に黒になったりもする。

未来は過去の延長では無くて、今の判断と行動によっていかようにでも未来は変わっていく。

これは0だ1だ、あれは0なのか1なのかということに頭を使うより、今の積み重ねがどんどん思い描く未来を作る一歩になるのだとウキウキしながら積み重ねていくことに尽力することが幸せへの一番の近道。

bsPAK30_tanbotoaozorainaka20130812