今言うべきことかどうか

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「我慢するのではなく」の記事の続きですが、主人が上掛けの上に寝そべっている姿に、それはやめて、と言いたい気持ちが沸いたときの話。

このとき、我慢するのではなく…と思ったのと同時に、自分だったら?とも考えました。

あともう少し寝られる…と寸暇を楽しんで寝そべっている時間に、ガミガミと小言を言われたら?

独り暮らしなら気兼ねなく出来ることを、自分以外の人間と一緒に暮らしているが為にゴチャゴチャ言われたら?

それは正直一人で暮らした方がいい、という答えになっちゃいますよね。

そう考えたら、絶対やめて、と思うこと以外に口を出すことは不要なのでは、ということと。

もう一つ。

人は十二分に満たされないと自分以外の人を幸せにしようとは思えないし、自分以外の人のために動こうという気持ちにもなれない部分があると思うのです。

小さいことにごちゃごちゃ言われる生活をしている人と、自由に暮らせる人。

どちらが人に優しく出来たり、仕事のパフォーマンスをあげられるでしょう?

やっぱり自由に好きなように暮らせている人だと思うのです。

絶対きっちりしないといけないところ、というのはあると思いますが、そういう部分とそれ以外、という線引きが大事で、緩急を上手につけること、生活の面ですべてを完璧にやって、とか、そう出来ないことはダメ、としてしまうと窮屈になって、全体として見たとき、より良い成果にはつながらないと思えます。

そしてこれは子育てにも言えることではないでしょうか?

子供を育てていると、キチンとさせなきゃ、という気持ちが強くなりすぎていることもあって、一から十までキッチリさせようとしてしまう。

失敗を許さない、というスタンスになってしまっていないでしょうか。

子供だって、のんびりしたい、のんびり楽しい時間があるから、しんどいときも乗り越えていける。

アメとムチ、じゃないですが、この世の中は陰と陽の世界。

体も交感神経、副交感神経が上手にバランスを保っているから元気でいられますが、これが乱れている人が多くなってきているのは、やっぱり常にキチンとしないと、という日々の生活を改善していくことも大事なのでは、と感じました。

そしてこうやって一歩深く考えられるようになってきたのは、やっぱり一白と九紫吉方を取った効果の一つと感じています。